フリーライター宮島理のプチ論壇 since1997
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民主党利権政治を安易に明治維新に例えたがる人は、元勲だけでなく当時の日本人すべてに謝るべき

 民主党代表選挙で、菅氏が小沢氏を西郷隆盛に例えている。歴史に学ぶのは結構なことだと思うが、現在進行形の現実を直視せず、自分自身を英雄視するために歴史を引き合いに出すのは最も愚かなことだ。

「菅直人首相は5日のフジテレビ番組で、明治維新に関し、『吉田松陰が理念で、革命を成し遂げるのが高杉晋作とか西郷隆盛。西郷は(大政奉還後も)生き残る。高杉は亡くなる』と述べ、自身が尊敬する高杉が西郷より早世したことを強調した。
 首相は先に民主党議員グループの会合で、代表選を西南戦争に例えて『西郷さんはああいう末路を迎えた』と語り、小沢氏の影響力排除に意欲をにじませたが、この日は目の前に座った同氏への配慮を示したようだ」(時事通信Link

 自分自身が高杉晋作で、小沢氏が西郷隆盛ということのようだが、菅氏という人は、つくづくフワフワしたイメージだけで物事を考える人である。明治維新は「革命」でカッコイイ、てな感覚でしかないのだろう。代表選挙戦でも、案の定、「クリーンでオープンな民主党」なる、心底どうでもいいスローガンしか語れていないようだ。“愚政治家”である菅氏は、自分自身の言葉に酔っているのかもしれないが、わが国には、そのような政策不在のイメージ戦術に踊らされるような“愚民”は一切存在しない。
 民主党は、既得権を護持するという具体的な政策を約束して、2007年参院選、2009年衆院選を勝利した。もし、政権獲得後に、バラマキ・既得権護持政策を完全破棄していたならば、明治維新に例えることも可能だったと思う。それこそ、明治新政府が“年貢半減”の相楽総三を切り捨てたように、バラマキ・既得権層をあくまで政権獲得のための手段として利用して(ダマして)、構造改革を推し進めるのだとしたら、明治維新の例え話にも合点がいく。
 しかし、政権獲得後も、民主党は揺らぐことなくバラマキ・既得権護持政策を断行している。民主党利権政治とは、明治維新の時代にはまったく存在しなかった、自己保身的な政治なのである。明治維新においては、元勲だけでなく、一般の士族に到るまで、自己保身のために戦う勢力はなかった(維新後しばらく経ってからの政治腐敗はまた別の話)。
 以前も「自民党は『改革する保守』を捨てて『真正保守』を選択したのか」Link などで書いたが、当時の中間層たる士族は、いわゆる“秩禄処分”によって既得権を奪われた。いわば「生活」に直結する既得権を失ったわけだが、驚くべきことに、この改革はほとんど何の“抵抗”もなく、わずか10年で達成された。明治初期には、不平士族による反乱も度々起こったが、その際も秩禄処分は問題とされなかった。不平士族は、あくまで政治的な信念に基づいて行動を起こしたのであり、既得権を守るためではなかったのである。
 これと対照的なのが、平成のバラマキ・既得権層だ。受益と負担のバランスを無視して、年金・医療を寄こせと声を張り上げる。もし、平成時代の日本人と同じような“国や組織に尽くしてきたのだから、これくらいもらって当然だ”という“公憤を擬した自己保身”が明治士族にあれば、秩禄処分は決して成し遂げられなかっただろう。
 ちなみに秩禄処分以前、歳出に占める秩禄の割合は約3割だった(明治5~8年平均)。一方、現在の歳出に占める社会保障費の割合も約3割である(一般歳出に限れば5割を超える)。
 民主党利権政治を明治維新で無理矢理例えるなら、歴史上は実在しなかった政治ということになる。秩禄処分の過程で既得権を奪われた士族を煽り、天下国家のためではなく、それこそ「生活が第一」レベルでの不平士族に堕落させ、明治新政府を打倒。国の発展や将来世代のことなど考えず、借金を繰り返して秩禄を復活・増額させるような、最悪の「革命」政府が仮に誕生していたとすれば、それは現在の民主党政権と確かに同じだと言うことができる。
 明治日本には、そのような最悪の政府や、そういった政府にタカるような国民は存在しなかったが、平成ニッポンには堂々と民主党政権が誕生し、利権政治が行われている。本人は「革命」だと思い込んでいる反革命勢力によって、小泉・安倍による「維新」をすべてぶっつぶされた状況こそが、現在の状況なのである。

自己保身   明治維新   秩禄処分   既得権   改革する保守  

— posted by 宮島理 at 07:33 pm  

小沢氏の一括交付金構想に対する蓮舫氏の反応はポピュリズム

 以前も書いたように、最大のムダとは社会保障費(年金・医療・介護)、地方交付税、地方公務員人件費Link の3点である。民主党利権政治は、この3点に切り込めないどころか、むしろ引退世代、地方、公務員の既得権を拡大することしか頭にない。現在行われている代表選でも、菅、小沢の両候補とも、同じように「利権脳」に染まりきっている。
 ただ、本人の意図とは別に、思わぬ歳出削減が実現されるかもしれない。小沢氏が提唱する地方への一括交付金がそれだ。

「小沢氏は使途が限られる『ひも付き補助金』をやめ、地方が自由に使える『一括交付金』に改めると主張する。『(地方は)使い道が自由になるなら、金額が半分でも今以上にいい行政ができる』というのが理由で、結果的に補助金の圧縮につながるという」(産経新聞Link

 増税に反対する小沢氏が、「苦し紛れ」とはいえ、歳出の徹底削減を実行するとなれば、結果的に「最大のムダ」が削減されることになる。一括交付金という形で補助金を削減すれば、社会保障費を抑制することもできる。小泉改革以来の聖域なき歳出削減が、偶然に復活する可能性も考えられるのだ。
 もっとも、実際には歳出削減は行われず、無利子国債を大増発して、さらに世代間格差を拡大させるおそれもある。だから、一括交付金が意図せぬ歳出削減を実現するかどうかはわからない。そのようなことを民主党政権に「勝手に期待」しても「勝手な失望」が待っているだけだろう。
 ここで注目したいのは、一括交付金の効果そのものよりも、むしろ一括交付金構想に対する民主党内の反応から透けて見える事実だ。代表的な蓮舫氏の反応を見てみよう。

「蓮舫行政刷新担当相は(略)民主党の小沢一郎前幹事長が地方向け補助金の一括交付金化で無駄な歳出を削減できると主張していることについて、『補助金の大多数が社会保障関係だ。削るのは小泉純一郎元首相の時代以上に国民に痛みを押し付ける』と批判した」(時事通信Link

 語るに落ちるとはこのことである。事業仕分け人として「ムダ削減」の象徴となった蓮舫氏だが、社会保障費は聖域と考えていることがよくわかる。本当にムダを削減したいのなら、小沢氏のやり方では歳出削減は不十分だと批判してもおかしくないはずだが、逆に「国民に痛みを押し付ける」と批判して歳出削減を妨害しようとしている。まさにバラマキ既得権層の代弁者だ。反改革という点では、蓮舫氏は小沢氏以上に徹底しているのかもしれない。
 民主党代表選に意義があるとすれば、「ムダ削減」の実態がますます明らかになった点ではないだろうか。事業仕分けとは、「最大のムダ」を聖域化するだけでなく、ムダを拡大するために行われたアリバイ作りだったということを、蓮舫氏自身が図らずも告白してくれている。過大な給付を受け続けてもなお、不満ばかりを漏らすバラマキ既得権層を増長させるポピュリズムこそが、民主党政権の本質である。

無利子国債   一括交付金   事業仕分け   聖域なき歳出削減   ムダ削減   最大のムダ  

— posted by 宮島理 at 12:02 am  

MONEYzineニュース「中国のレアアース国家管理と資源ナショナリズム 日本など他国は脱レアアース、脱中国も選択肢に」(宮島理)

 電気自動車などに欠かせないレアアースの大半を産出する中国が、資源ナショナリズムから輸出規制を強化。脱レアアース、脱中国の動きも。【続くLink

資源ナショナリズム   レアアース   電気自動車   中国  

— posted by 宮島理 at 01:17 pm  

MONEYzineニュース「キヤノンが断念したSEDテレビとは何だったのか 液晶・プラズマに続く次世代薄型テレビの行方」(宮島理)

 次世代薄型テレビとして注目されていたSEDテレビだが、キヤノンが事業化を断念した。次世代薄型テレビはどうなっていくのだろうか。【続くLink

FLCD   有機EL   次世代薄型テレビ   SED   キヤノン  

— posted by 宮島理 at 12:37 pm  

小沢出馬を「政治とカネ」で批判するのは政策不在の証拠

 民主党代表選に小沢一郎前幹事長が出馬。今のところ、菅首相との一騎打ちとなる模様だが、これほど露骨に政局オンリーの首相選出選挙が行われるのは、1990年代の自民党総裁選以来だろう。有権者が望んだ通り、「新しい民主党=古い自民党」政治が着々と実現している(もっとも、仮に十分な公開討論が行われなければ、「古い自民党」以下の最悪の首相選出選挙となる)。
 案の定、菅陣営はおかしなことを言っている。「政治とカネ」などという、くだらないことをまた持ち出しているのだ。「政治とカネ」というのは、日本政治の中では、政策不在で政局しかない状況において多用される、愚民思想満載の言葉である。「政治とカネ」ということを強調する政治家は、「政策なんてどーでもいい。クリーンとかフレッシュとか言ってれば、バカな有権者どもはいくらでも操作できる」と言っているに等しい。
 まず、小沢出馬が決まる前段階から、蓮舫行政刷新担当相がこんな愚民思想丸出しの発言をしていた。

「蓮舫行政刷新担当相も『前政権時代のようにさまざまな政治とカネの問題を起こしてもらいたくないとの思いが政権交代につながった。その国民の声は無視できない』と、小沢氏を牽制した」(産経新聞Link

 今さら言うまでもないことだが、政権交代が起きた2009年衆院選で、「政治とカネ」がテーマになったことは一切ない。バラマキ・既得権護持という、「古い自民党」もびっくりの利権政治を約束したからこそ、民主党は政権交代を果たせたのだ。これまでも何度も書いてきたように、「政治とカネ」がテーマなら、民主党は2007年参院選と2009年衆院選で惨敗していなければおかしい。蓮舫氏は、事実とは正反対の「国民の声」を捏造するのをやめるべきだ。

「安倍政権でも荒井大臣と同様の事務所費問題が発生したが、安倍首相本人には問題は発生していなかった。一方で、民主党の小沢代表には、本人に土地取得問題が発生していた。それでも、参院選では民主党が勝利した。『政治とカネ』などという問題に有権者が重きを置いていない明白な証拠である。(略)
 民主党の鳩山代表にも小沢幹事長にも、『政治とカネ』問題は浮上していた。総選挙前から、その内容についてはメディアでしっかりと報道されていた。それでも、総選挙では民主党が勝利した。2度の国政選挙で、有権者は『政治とカネなんてどうでもいい』という意思を明確に示したのである」(「菅政権でも『政治とカネ』報道──『有権者はイメージでしか政治を理解できない』という愚民思想報道はいい加減やめるべき」Link より)

「政治とカネ」で真っ黒な民主党を有権者は圧倒的に支持した。「政治とカネ」なんかよりも、バラマキ・既得権護持の方が重要だからだ。鳩山・小沢が支持を失ったのは、バラマキ・既得権護持政策の実現に疑問符がついたからであって、菅がそれ以上にダメなら、やっぱり小沢か、となっても何ら不思議はない。
 要は、税負担や機会損失をすべて新卒・無業などの新規参入者や将来世代に押しつけて、労組利権、高齢者社会保障給付などのバラマキ・既得権を護持することが最優先事項というわけだ。「今現在の自分たちさえ良ければ、あとはどうでもいい」という「政権交代の精神」は今もはっきりと生きている。
 だからこそ、菅陣営は「政治とカネ」でしか小沢陣営を批判することができない。政策的にはバラマキ・既得権護持ということで一致しているからである。問題は、どちらが利権を握るかということなのであって、人口減少、グローバル化への対応や世代間格差の解消といった重要課題を解決する発想はそこには存在しない。唯一、課題解決を実践してきた構造改革路線をぶっつぶしたのが民主党なのだから、当然といえば当然だ。

「首相側近は『首相は完全にファイティングポーズだ。「この代表選は、民主党が本当の民主党になれるかの分水嶺だ」と思っている』と対決姿勢」(朝日新聞Link

 ここで、菅首相が言っているとされる「本当の民主党」というのも、別に政策的な特徴があるわけではない。単に「小沢と違ってクリーンでフレッシュでオープンな民主党」といった、フワフワとしたイメージしかないのである(実際には菅陣営もクリーンでもフレッシュでもオープンでもないわけだが、愚民思想の持ち主にとっては自己イメージだけがすべてなので彼らは気にしない)。「本当の民主党」などというものは、菅陣営のお仲間にとってはおおいに盛り上がるネタなのだろうが、大多数の国民はもちろんのこと、民主党支持者にとっても、心の底からどうでもいい話だろう。代表選の結果がどうなろうと、政策論争を封じた民主党利権政治は、あと3年続く。

政局   政策   政治とカネ   愚民思想  

— posted by 宮島理 at 04:00 pm  

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