「消費者に伝えることができなければ、イノベーションで勝利することはできない」(スティーブ・ジョブズ)

 今でこそ、ガラス張りでオシャレな直営店「アップルストア」はアップルの象徴となっている。しかし、1990年代にはアップル製品も、量販店などで十把一絡げに売られていた。多様な製品に囲まれた販売員は、浅く広い知識を求められるため、必ずしもアップル製品に精通しているわけではない。
 アップル創業者のスティーブ・ジョブズは、そのような販売方法では、アップル製品のコンセプトが消費者に伝わらないと不満を抱いていた。デジタル製品全体がコモディティ化(陳腐化・低価格化)していく中で、アップス製品の差別化をしていくことが求められていたという時代背景もある。
 ジョブズは製品設計から製造、販売まですべてを徹底的にコントロールすることが、価値を創出すると考えた。消費者の体験に丸ごと責任を持つというのがこだわりだった。
 そこで1999年、ジョブズはアップル直営店構想を動かし始める。「アップルが成功するためにはイノベーションに勝利しなければならない。そして、消費者に伝えることができなければ、イノベーションで勝利することはできない」(『スティーブ・ジョブズ』)という考えから、徹底したブランド戦略を推し進めることにした。
 たとえばこだわったのが店舗の立地だ。従来のコンピュータショップは地代の安い不便な場所に建てるのが普通だった。しかし、ジョブズは消費者がアップル製品に触れる機会が多くなることを重視し、地代を気にせず、人通りの多い大通りやショッピングモールに出店した。また、ブランドの価値と店舗の大きさは比例するとの考えから、店舗も大きくしていった。
 ただ、アップル直営店構想は当初、取締役会で大きな反対にあっていた。郊外に直営店を出すことで先行していたPCメーカーのゲートウェイが、業績悪化で苦しんでいたからだ。
 取締役会に納得させるためにも、ジョブズは直営店のプロトタイプを作ることにする。最初は製品ラインごとに展示を作っていったが、試行錯誤の末、写真や音楽、ムービーといったように、消費者がやりたいことを中心に展示をしていくようにした。
 2001年1月にプロトタイプが完成し、それを取締役たちに披露したところ、シンプルでメッセージ性に溢れた店内に感動した彼らは、満場一致でアップルストア展開を承認する。アップル社内では、これでコモディティ化を防ぎ、アップル製品の価値を高めることができるという確信に溢れていた。
 ところが、世間の前評判は悪かった。アップルストアは失敗し、アップルの業績は悪化するとの予想が大半だった。
 2001年5月19日に、アップルストア1号店がオープンすると、前評判を裏切って多くの集客を実現し、売上も順調に伸びていく。2011年にはアップルストアは世界317店舗となり、1店舗1週当たりの平均来客数は1万7600人、1店舗当たりの平均売上は年間3400万ドル(約27億円)となった。価値とブランドにこだわったジョブズの戦略が功を奏したのである。

■参考図書
ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』(講談社)

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