「GEが復活できるなら、自動車、鉄鋼、銀行などの業界の大企業にも希望があるはずだ」(ジャック・ウェルチ)

 1980年代のアメリカは現在の日本に似ている。それまでアメリカは強い製造業を誇ってきたが、気づいてみれば日本などに追い上げられ、鉄鋼でも自動車でも家電でも、アメリカ製品はシェアを失っていった。
 しかも、多くのアメリカ企業やアメリカ人は、そうした現状に危機感を抱いていなかった。組織は官僚化し、現状を維持していればいつか上向くという考えが大勢を占めていた。この点でも、現在の日本と状況はそっくりと言える。
 そんな中、現状に甘んじない男がゼネラル・エレクトリック(GE)にいた。生え抜きで1981年から2001年までGEの会長兼最高経営責任者を務めたジャック・ウェルチである。GEは当時、優良企業と見なされていたが、ウェルチはジリ貧を予見し、構造改革を断行していった。
 1981年4月1日、CEOに就任したばかりのウェルチは株主の前でこう宣言している。

「GEが復活できるなら、自動車、鉄鋼、銀行などの業界の大企業にも希望があるはずだ」(『進化する経営 史上最強組織を生んだGE会長ウェルチ語録』より)

 構造改革さえ実現できれば、衰退する企業にも復活のチャンスがある。こうした言葉は現在の日本企業にも勇気を与えるはずだ。
 ウェルチの経営戦略は、競争力のない事業からは撤退し、競争力のある事業だけを残していくというものだった。「ナンバーワンかナンバーツーになる。これは目標ではなく、条件である」と考えたウェルチは、大胆な事業再編に手を付ける。
 GEには150もの事業部門があった。事業内容は原子炉から電子オーブン、ロボット、さらにはリゾートマンションまで多岐にわたる。しかし、その多くは競争力を欠いており、わずかに電球、発電システム、モーターの3部門だけが、市場で「ナンバーワンかナンバーツー」の地位を得ていた。また、海外で競争力を保っていたのは、プラスチック、ガスタービン、航空機エンジンの3部門だけであった。
 これらの事業部門を、ウェルチは3つのグループに分けた。照明、大型家電などのコア事業、産業用電子、医療機器などのテクノロジー事業、金融サービスなどのサービス事業の3つのグループに経営資源を集中する。それ以外の事業については範囲外とし、再建か閉鎖か売却かを突きつけた。
 この時、範囲外とされた事業のほとんどは現在、残されていない。中でも象徴的だったのが、GE伝統の小型家電である。小型家電は大きな市場シェアを確保していたが、付加価値が低く、将来性がないとウェルチは考えた。伝統的な事業をなくすことに対して、社内からは強い反発が起きたが、ウェルチは小型家電売却を断行。「ナンバーワンかナンバーツー」というウェルチの大方針は、伝統や現時点のシェアに縛られるのではなく、あくまでも将来性を見据えたものだった。
 事業再編により、1993年時点でGEには13の事業部門が残った。そのうち12部門で「ナンバーワンかナンバーツー」を実現。CEO就任当初、GEの売上は250億ドル、利益は15億ドルだったが、およそ10年後の1993年には売上が606億ドル、利益が52億ドルにまで成長した。また、GEの株式時価総額は全米第10位だったが、1993年にはトップ3入りを果たしている。

■参考図書
ロバート・スレーター『進化する経営 史上最強組織を生んだGE会長ウェルチ語録』(日経BP出版センター)

Copyright(c) 2013 Sample Inc. All Rights Reserved. Design by http://f-tpl.com