「組織への忠誠心や律儀さは日本の欠点ではなく、長所なのだ」(ロバート・ガルビン)

 通信・半導体大手の米モトローラ社を率いたロバート・ガルビンは、1980年代の日米半導体摩擦における対日批判の急先鋒として知られている。しかし、同時に彼は日本から多くを学んだ経営者でもあった。
 創業者の息子として生まれたガルビンは、戦後、社長に就任すると、半導体事業や携帯電話事業を手がけ、モトローラを世界的企業に育て上げた。1970年代から日本企業が台頭するようになった時も、ガルビンはいち早く危機感を抱き、日本企業の経営手法を取り入れている。
 具体的には、アメリカのデミング博士が考案したQC(品質管理)である。日本企業はQCを取り入れて、製品の品質を向上させていた。ところが、QCはアメリカ企業からはさほど注目されていなかった。

「QCはもともとアメリカ生まれの経営手法である。それをなぜアメリカ企業の経営者は見過ごしたのか。一言でいえば、愚かだったのである。アメリカの国際的優位にあぐらをかき、市場は自らのためにあるものだと錯覚していた」(『日本人に学び、日本に挑む』より)

 1979年、モトローラは全社にQCを導入する。アメリカ企業が品質を重視するようになるのは1980年代に入ってからであり、ガルビンは一歩先んじていた。
 さらに、日本を研究し、日本への対策を講じるために、ガルビンはCEO直轄の「ジャパン・オフィス」という組織を設置。「ミスター・ジャパン」と呼ばれる責任者に加えて、彼を補佐する日本駐在スタッフ(「ミスター・ゼア」)とアメリカ側スタッフ(「ミスター・ヒア」)を置いた。
 1986年の日米半導体協定における活躍のように、ガルビンは“政商”というイメージが日本では強い。しかし、ガルビンの重心は“ガイアツ”で日本市場に売り込むことではなく、アメリカ企業自身の生産性向上にあった。
 現に、1990年代前半に携帯電話市場が自由化された後、モトローラの端末は日本市場にあまり食い込むことができなかった。この点についてガルビンは「誰を責めるわけにもいかない。われわれの過ちである」と負けを認めている。
 1990年、ガルビンは会長職を退任し、経営から退いた。ガルビンが入社した1940年当時のモトローラの売上は1000万ドルだったが、1990年には100億ドルに達している。
 日本企業に多くを学んできたガルビンは、日本の長所を次のように見出していた。

「アメリカの流動性の高さを一時の気の迷いで称賛してはならないと思う。組織への忠誠心や律儀さは日本の欠点ではなく、長所なのだ。問題は、個人では高い能力を持ちながら、湧き上がる情熱を閉じ込めている人が多いことだ」(『日本人に学び、日本に挑む』より)

 自らの優位性に疑問を抱き、新興勢力の長所を公正に評価して、取り入れられるところは貪欲に取り入れていく。ものづくり立国としての岐路に立つ日本にとって、ガルビンの言葉は示唆に富むと言える。

■参考図書
ロバート・ガルビン『日本人に学び、日本に挑む』(日経ビジネス人文庫)

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