「コンセンサスは下から上へではなく、上から下へ向かって作られていく場合もある」(盛田昭夫)

 盛田昭夫の時代、ソニーは先頭を走っていた。ウォークマン、ウォッチマン、ディスクマン……それまで市場になかったような新製品を次々に生み出すなか、ライバル企業はソニー製品の動向を観察するのが常だった。ソニーが成功すると、一気にライバル製品が市場へ流れ込んできた。「モルモット」としてのソニーの宿命でもあった。
 井深大とともにソニーを立ち上げた盛田は、アイディアマンである。盛田が中心となったウォークマン開発のエピソードはよく知られている。
 1970年代当時、ステレオを肩にのせて街を歩く若者の姿がよく見られた。音楽と離れられない若者の特性に興味を持っていた盛田は、ヘッドホンで聴く小型ステレオを開発する。技師を含め多くの人間にアイディアを否定されたが、信念を貫き続けた。
 若者向けに小売価格を引き下げたため、経理部門からも反対された。販売部門もこんなものは売れないと否定的だった。しかし、1979年に発売されるやいなや、ウォークマンは爆発的にヒットした。カセットテープ型ウォークマンは、これまでに全世界で2億2000万台売れている。
 もっとも、盛田は独断専行でウォークマンを作ったわけではない。強いリーダーシップを発揮した盛田は、一方でコンセンサスを重視する日本的経営者だった。

「コンセンサスは下から上へではなく、上から下へ向かって作られていく場合もある。例えば、中間管理職から出た案を、最上層部がそのまま取り上げるか修正を加えるかしたのち、下へ向かって広く協力を求めるのである。私がウォークマンを売り出すことを強く主張し、もし売れなかったら会長を辞めると冗談を言ったときにも、私は社員たちに、私がマーケティングの経験と知識を結集してこの決断を下したことを詳しく説明して十分納得を得るようにした。だからこそ彼らは、この計画を成功させるために100パーセント協力してくれたのだ」(『MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略』より)

 コンセンサスによってトップから末端までが一丸となって行動する“日本的経営”は、労働力の発掘と活用につながる。1980年代のアメリカでは産業の空洞化が起こっていたが、ソニーはむしろアメリカに工場を作り、成果を上げていた。「アメリカ企業が手っ取り早く利益を手にしたいばかりに逃げ出したアメリカの土地で、製造し、利益をあげている」というわけだ。
 盛田は、安い労働力を求めて生産拠点を海外に移し、自国の産業を空洞化させる安易な経営を戒める。ハイテク産業にとって必要なのは決して安い労働力ではない。良質の労働力、熟練労働力こそが求められているのであり、経営者の役割は企業哲学と生産技術によって労働力を活用することだという。依然として人材が資源である現代日本において、盛田の教訓はどれほど生かされているだろうか。

■参考図書
盛田昭夫・下村満子『MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略』(PHP研究所)

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